メンタルヘルスの視点から人と社会と福祉のあり方を共に考え、学びましょう。

福祉学科 鈴木あおい助教(精神保健福祉、地域生活支援、リカバリー)

2023/08/03

教員

研究内容

ソーシャルワーカー(以下、SWer)としての臨床経験が研究の土台になっています。精神障がいをもつ方々が精神科病院から退院し、地域で暮らすための社会復帰施設「福祉ホーム」では、Swerとして約14年働きました。当時は、精神保健法から精神保健福祉法への転換期で、主に統合失調症をもつ方々の日常生活や仕事やアパート探し、再発時の支援等を保健師、精神科医、家族会、ボランティア、行政の人たちと共に協働・実践してきました。所属組織(今で言うNPO)では、グループホームを作り、ショートステイや家族のレスパイトケアなど、居住の場の特性を活かした事業を地域で展開していました。
一方で、当事者への効果的支援の方法や理論的根拠、使える制度が少なく、「ニーズあるものは全てやる」という素朴な実践でもありました。当事者のリカバリーよりは再発予防に焦点をあて、保護的な面も強かったかもしれません。そんな中で私は次第に「燃え尽きを防ぐための職員への組織的な支援体制が必要ではないか」という問題意識を持つようになり、働きながら大学院に入学しました。実践現場で抱いた問いの答えを探究することに関心がありました。当時のルーテル学院大学の大学院にはスーパービジョン研究で著名な福山和女先生やSST(Social Skills Training)で著名な前田ケイ先生、社会老年学の故前田大作先生、サイコドラマの増野肇先生などがおられ、実践を理論化するうえで、とても素晴らしい研究環境でした。修士論文では「グループホーム職員の職務満足度や負担感に組織のスーパービジョンの認知度がどの程度影響するのか」というテーマで、全国の精神障害者グループホーム職員を対象とした量的調査を行い、分析を行いました。修了後もみずほ福祉助成財団(当時)からの助成により質的調査も実施しました。現在、「重い精神障がいをもつ人の地域生活支援の在り方」に研究関心があります。主な研究テーマですが、大きく分けて以下の2つになります。
①リカバリー志向の地域実践のあり方に関する研究
1999年から2003年にかけてアメリカでは連邦政府による2つの報告書が出て、「ニーズを持つすべての国民が必要なときはEBP(科学的根拠のある実践)プログラムを利用できるように」と提言がなされ、複数の支援方法に関するツールキットが公開されました。その一つ「Illness Management and Recovery」(病気の自己管理とリカバリー:IMR)」の日本での普及を目指していた福島喜代子先生(ルーテル学院大学教授)を中心とした研究会に入れていただき、日本の文化やシステムに合う配布資料(写真参照)の開発、導入支援、フィデリティ調査、IMR参加後の聞き取り調査等などに携わりました。先駆けて実践していたノルウェーにおける聞き取り調査にも参画しました。現在もリカバリー志向の地域実践のあり方、オープンダイアログなどの新しい心理社会的アプローチの日本での導入等について探索的に調査研究を行っています。

②地域における精神保健福祉士の業務に関する研究
専門職としても日本精神保健福祉士協会業務指針委員会に参画し、業務指針の改訂版の開発、冊子や動画作成、全国研修などの普及啓発に携わりました。専門職アイデンティティに関わるこの研究・普及活動に関わったこともあり、現在、当事者が地域でQOLを保った生活を継続するための精神医療との連携のあり方に研究関心を持ち、地域実践現場におけるフィールド調査を継続しています。
ところで、科学的根拠に基づく実践(EBP)や心理社会的プログラムが普及しないのはなぜなのでしょうか。また専門職には精神疾患に関する最新知識を学ぶ機会が豊富にあるのに、なぜ当事者には学ぶ機会が少ないのでしょうか。薬物療法は医師単独の判断で使用できますが、EBPプログラムは多くの場合、組織や地域ケア体制などのシステムを変更する必要があります。当事者のリカバリーを本気で信じて支援するという支援者の意識改革も必要です。これまでの精神保健福祉医療システムは当事者の方々が自身の病気や症状、対処法、治療法を学ぶ機会を十分に保障してこなかった=回復する権利を奪ってきたのではないでしょうか。当事者が社会的な支えのなかで自分の生活をコントロールできるようになることがリカバリーには欠かせません。実際に多くのIMRプログラム参加経験者がこのプログラムに参加して非常に有意義だったことを語っております。
精神疾患は偏見がもたれやすい病気ですが、とても身近なものです。関連する知識や情報や技術は、もっと社会に統合されるべきです。「リカバリー」という共通のビジョンのもと、たとえ病気の症状がなくならなくても、その人らしいユニークさ、夢や希望の実現(パーソナルリカバリー)を応援し、社会のなかで当事者が有意義な役割を持って生きること(社会的リカバリー)を可能にする環境づくりのための研究、教育、活動が大切だと思います。
    【主な研究業績】
  • 精神障害者の退院促進・地域定着に資する新規プログラムの導入支援モデル研究
    日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) 基盤研究(C) 2015年4月 - 2018年3月 福島 喜代子, 小高 真美, 鈴木 あおい
  • 精神保健福祉士業務指針 分野別事例集 地域分野日本精神保健福祉士協会, 岩本操, 赤畑淳, 浅沼充志, 岡本亮子, 栗原活雄, 坂入竜治, 鹿内佐和子, 鈴木あおい, 古市尚志, 渡辺由美子 精神保健福祉士業務指針第3版 112 - 133 2020年11月

学部での教育活動

Swer国家資格のための指定科目や演習・実習指導の科目を担当しています。講義科目ではソーシャルワークの理論と方法についてリカバリー志向の視点、価値観、方法論などを扱っています。精神障がい当事者の方をゲストスピーカーに招き、リカバリーに取り組む姿に触れてもらう機会も設けています。
学生の皆さんには大学外の様々な現場と関わり、多様な他者と触れ合う活動を体験してほしいです。実は私も立教大学の卒業生です。大学時代は、チャペル主催のキャンプ(沖縄やフィリピン)に参加し、社会学科でのフィールドワークや自主ゼミ、卒論を履修しました。母校で学んだ強みを活かし、「いのちの尊厳」の探究という立教大学の普遍的な価値が伝わるように心がけています。

実践的な取り組み

東京の多摩地区にあるグループホームを運営するNPOに20年近く関わり続け、現在は宿直協力員をしています。入居者の方々は、ユーモアあふれる楽しい方々で、笑ったり怒ったりして過ごす日常を手伝い、自分が励まされています。また、2018年後半から2020年にかけ、東京都の自殺予防相談員をするなかで「死にたいほどの辛さ」を抱える方々、社会資源につながっていない方々のお話に耳を傾け、有益な情報を提供するための研修やグループスーパービジョンを長時間受けました。現在は東京社会福祉士会自殺予防ソーシャルワーク委員会の活動に参加し、自殺予防の知識やスキルをつけるための支援者向け研修等をほかの委員と共に行っています。写真は2023年3月に本学で実施した研修の写真です。(写真参照)死にたいほどの社会的困難を抱えた方々をどう支えるのか、今後もソーシャルワークの視点を持った自殺予防の実践や研究に取り組みたいと思っています。

受験生へのメッセージ

人が生きることに関わる社会福祉学の領域では、多様な他者と共によりよく生きるための理念や具体的な知識や実践技術が学べます。福祉学科は最も立教らしい学科のひとつだと思います。ぜひ開かれたドアをノックしてください。皆さんと学べることを楽しみにしています。
※インタビュー当時の情報です。

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