教員インタビュー

藤井 敦史教授(NPO、社会的企業、コミュニティ開発)

2023/04/01

OVERVIEW

コミュニティ政策研究をしている藤井 敦史教授にインタビューをしました。

研究内容

私は社会学者で、大学院の修士課程の時は、社会運動論、組織社会学、地域社会学の勉強をしていましたが、1995年に起きた阪神淡路大震災後の神戸でのNPO・NGOのフィールドワークの経験がその後の研究生活を決定づけた重要な出発点となりました。孤独死が頻発した仮設住宅でのコミュニティ形成の実践、孤立した被災者を仕事を通じて社会とつなぎ直すコミュニティ・ビジネス等、神戸のNPO・NGOの実践現場での学びが、現在の社会的企業、社会的連帯経済、コミュニティ開発の研究に結びついています。2000年代に入ってからは、以上のような日本の市民社会に関する研究だけでなく、英国の社会的企業、イタリアの社会的協同組合、韓国の社会的経済等、国際比較研究も行うようになり、とりわけ2012年には、英国のイースト・ロンドン大学で1年間の在外研究の機会に恵まれ、それ以来、イースト・ロンドンで移民問題、貧困問題等に取り組む多様なボランタリー組織、協同組合、社会的企業等のフィールドワークを続けており、地域社会で多様なアクターを結びつけるコミュニティ開発について研究しています。
以上のような研究を続けながら、これまでにいくつかの本を仲間たちと執筆し、世に送り出してきました。ここでは三つの本を紹介させて頂きます。一つ目は、原田晃樹・藤井敦史・松井真理子2010『NPO再構築への道—パートナーシップを支える仕組み』勁草書房(2011年度第8回生協総研賞特別賞受賞)です。この本は、2000年代に入り、政府による「新しい公共」の掛け声が強まり、地方自治体における協働政策が叫ばれながら、実際のところは、行政とNPOの間の下請け関係が強まっている状況において、どのようにして行政とNPOの間の対等な関係性を構築できるのか、英国と日本での中間支援組織の調査なども交えて実証的に明らかにしようとした著作でした。
二つ目は、藤井敦史・原田晃樹・大高研道編2013『闘う社会的企業—コミュニティ・エンパワーメントの担い手』勁草書房等(2015年度日本協同組合学会学術賞受賞)です。この本は、日本では、社会的企業という概念が、社会問題に対して市場メカニズムを適用する営利企業的な事業体として捉えられていることに異議を唱え、むしろ、コミュニティ・エンパワーメントという観点から社会的企業を捉え直そうとした理論研究の書であり、同時に、日本の労働者協同組合やワーカーズ・コレクティブに関する実態調査も行いながら、社会的企業の発展条件を探った著作となっています。私にとっては、2012年の在外研究中に書いた本で思い出深い本です。
最後に、新刊となる翻訳書について御紹介します。この本は、英国でコミュニティ・オーガナイジングという手法を用いて、生活賃金のキャンペーンなど数多くの社会運動を成功させてきたシティズンズUKのリーダー、マシュー・ボルトンさんの著書です。2020年9月に法律文化社から『社会はこうやって変える—コミュニティ・オーガナイジング入門』という邦題で出版される予定です。この本は、イースト・ロンドンでのシティズンズUKメンバーとの出会いから生まれたもので、おそらく、日本で初めてとなる本格的なコミュニティ・オーガナイジングの入門書となるでしょう。特に、コミュニティ開発において、パワーをどのように理解するか、異なるアクターをいかにして結びつけるかという点について実践的な方法が豊富に紹介されています。

実践的な取り組み

私自身の研究は、現場でのフィールドワークが中心なので、教育の場でも、学部生、大学院生を含め、NPO・協同組合・社会的企業の現場に出向き、フィールドワークを行うことを重視しています。近年では、主として若者支援を行う首都圏の社会的企業にボランティアに行って参与観察をしたり、ヒアリング調査を行う学生が多くおり、そのためのインタビューを中心とした質的調査の手法について、しっかりと教育することを心がけています。

また、英国のイースト・ロンドンでは、2014年から労働者協同組合アカウント3にお世話になりながら、2~3週間のインターンシップ・プログラムを、昨年度まで6回ほど実施してきました。このインターンシップ・プログラムでは、イースト・ロンドンにある様々なコミュニティ組織を訪問しながら、多様なエスニシティを背景に持つ人々が、どのように宗教や文化の違いを乗り越えてコミュニティを形成しているのか、そして、いかにしてコミュニティを基盤に仕事を作り出し、行政の諸々の政策に対して働きかけているのかといったことを学びます。現地で移民向け英語クラスに入りながら、多くの人々と交流し、活動にも参加させてもらいながら、コミュニティ開発をリアルに学ぶことのできるとても有意義なプログラムになっていると思います。

アカウント3のリーダーを招いて立教大学で開催した社会的企業研究会のワークショップの様子(2017年3月10日)

なお、研究や教育だけでなく、実践的な活動として、多くの協同組合やNPOの実践家や研究者と共に、社会的企業研究会という研究会を組織しています。この研究会は、2005年に設立され、既に100回の研究会を開催しています。欧州や韓国を中心とした社会的企業関係者との国際交流、生活困窮者の自立支援を行っている先駆的社会的企業の実践についての学習会、多くの首都圏の大学の学生が参加する協同組合のインターンシップなども手掛けています。加えて、ベトナム戦争時の平和運動から生まれ、PARC自由学校という社会問題に関する市民社会の学校を運営し、ビデオ教材なども制作しているNPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)の理事も務めており、ビデオ『支えあって生きる—社会的企業が紡ぐ連帯経済』の制作なども行ってきました。
PARCで制作したビデオ『支えあって生きる—社会的企業が紡ぐ連帯経済』のジャケット。エイブル・アート・カンパニーという障がい者のアート作品を商品化している社会的企業から作品を提供いただいた。

研究指導

大学院の授業(コミュニティ政策研究等)では、参加者の問題関心を踏まえつつ、洋書を含め、コミュニティ開発や社会的企業に関する文献をしっかりと輪読していきます。そして、輪読の合間に、参加している大学院生のオリジナル報告も適宜行い、修士論文や博士論文を執筆する際のサポートを行っています。新型コロナの影響でオンラインによるゼミになった昨今では、院生のオリジナル報告の際に、前述の社会的企業研究会や他大学の大学院ゼミなどとも交流しつつ、院生諸君が、多様な角度からのフィード・バックが得られるような工夫を行っています。

これまで、私の大学院ゼミに参加された大学院生の研究テーマは、基本的には社会的企業に関するものが多いです。若者支援をミッションとするNPOでの居場所形成や就労支援の特質について明らかにしようとした研究、韓国における若者支援政策に関わる社会的企業の実態分析、ワーカーズ・コレクティブの起業プロセスにおけるネットワーク形成についての研究、地域で労働を生み出す社会的企業を地域福祉学の視点から位置づけようとする研究等、多彩です。そして、参加者全員が、理論研究と実証研究の双方を大事にし、社会問題の解決に資する実践的な研究を行おうというスタンスを持っているように思います。加えて、他流試合を大事にしているので、社会的企業研究会、NPO学会、協同組合学会等の各種学会や研究会に積極的に出かけて報告することを奨励しています。ただし、ゼミの雰囲気自体は、明るくにぎやかで、結構、和気あいあいとした雰囲気です。

受験生へのメッセージ

大学院を受験する方の中には、大学院に入ってから、ちゃんと自分が一人前の研究者になれるのか、或いは、行政機関、企業、NPO・NGO等に就職できるのか不安に感じている方も多いでしょう。30年くらい前の私もそうでした。果たして、この研究テーマをずっと追いかけ続けて、オリジナルで価値のある研究ができるのだろうか、こうした研究に社会的なニーズはあるのか、誰かから評価してもらえるのだろうか等々、悩みは尽きません。そして、論文を書くという作業は、基本的に孤独な作業です。自分で意味のある問いをひねり出し、その問いに対して、延々と自問自答を繰り返す日々が続きます。だからこそ、大学院生の皆さん、或いは、大学院を志す皆さんには、二つのことを言いたいと思います。一つは、必ず、自分が本当にやりたいテーマ、考えているとワクワクするようなテーマを見つけて突き進んでください。結局、研究生活を続けていくためには、「自分がなぜ、この研究を行っているのか、そこにどんな意味があるのか」といったことに対する揺るぎない信念が必要になるからです。但し、自分の中に沈潜しすぎてしまうと、今度は、知らず知らずのうちに、独りよがりな議論を展開していたり、堂々巡りの思考に陥ってしまうこともよくあることです。そうならないためには、二番目のポイントとして、研究仲間を作ることが大事です。指導教員との関係はどうしても上下関係になりがちですが、研究仲間とのフラットな対話は、案外、行き詰まりを打破するブレイクスルーにつながる場合もありますし、研究が進まなくて落ち込んでいる時のエンパワーメントにもなります。ちなみに、研究仲間は、他の大学の大学院生でも構いません。私は、「東京の大学は、全て自分の大学だ」くらいに思っていました。

いずれにせよ、研究というものは、奥深いものです。問いが次の問いを生み、その問いがさらに次の問いを生み出すといった感じで、私は、大学院に入学した時から30年も経っているのですが、まだまだ知りたいことが山のようにあります。皆さんの知的探求の旅は始まったばかりで、色々と悩むこともあるかもしれませんが、案外、無駄にあがいていたと思うことが、後になって意味があることがわかったりすることもあります。皆さんの知的探求の旅が、実りの多いものになることを祈っています。

※インタビュー当時の情報です。

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