教員インタビュー

濵田 江里子准教授(福祉政治、比較福祉国家論、若者政策)

2023/04/01

OVERVIEW

コミュニティ政策研究をしている濵田 江里子准教授にインタビューをしました。

研究内容

私の専門分野は政治学で、中でも福祉政治とよばれる福祉国家の再編をめぐる動きを研究しています。博士論文では日本とイギリスの若者の就労支援政策を比較し、現在では就労に限らず、家族や住まいに関する政策も視野に入れながら若者政策の研究を進めています。
20世紀に誕生した福祉国家は、男性稼ぎ主の安定した雇用とそのパートナーで家事や育児、介護を無償で担う女性がいる家族を前提につくられてきました。ですが、ヨーロッパでは1970年代の石油危機以降、日本でも1990年代頃から働き方や家族のあり方に大きな変化が生じています。先進国の主要産業が製造業からサービス業に転換する中で安定した仕事が少なくなり、労働市場の二極化と雇用の不安定化が進みました。同時に家の外に働きに出る女性が増え、共稼ぎ世帯が標準化し、育児や介護といったケアを誰が、どのように担うのかが社会的な課題として浮上しました。学校卒業後に安定した仕事に就けない、不安定な非正規職を転々としキャリア形成ができない、ひとり親である、ケアを必要とする子どもや高齢の家族を抱えながら働くことは、20世紀の福祉国家は想定しておらず、これらは「新しい社会的リスク」と呼ばれます。

20世紀の福祉国家を成り立たせていた前提が崩れる中で、福祉国家はなぜ、どのように変化するのか(あるいはしないのか)、新しい社会的リスクに対する国ごとの違いはいかに説明することができるのか、21世紀の働き方や家族の形に合致した政策を可能にする政治的・行政的な条件を明らかにしたいと思いながらこのテーマに取り組んできました。若者政策に焦点を当てた研究をしてきましたが、問題関心の中心は対人的な支援よりも、個人が直面する生活課題の背景にある社会構造と政策的な解決にあります。

これまでの研究は大きく分けると、新しい社会的リスクと福祉国家の変容をめぐる理論動向の研究と、そうしたリスクに最も脆弱だとされる若者の実態と支援政策、日本とイギリスを中心とする西ヨーロッパとの国際比較になります。研究をまとめた代表的な本を2つご紹介します。
一つ目は2018年に共同研究の成果として出版した『社会への投資——<個人>を支える、<つながり>を築く』です。本書では、福祉国家の変化を社会的投資国家への変化として捉える議論を整理し、世界的な潮流と日本への応用に向けた戦略について検討しました。個人の人的資本への投資だけでなく、人びとのつながりや社会全体へ「投資」と「見返り」がもたらされる必要があることを論じた著作です。

二つ目は2021年に出版した共同研究の成果、『アンダークラス化する若者たち——生活保障をどう立て直すか』です。親の扶養と安定した仕事からの賃金があることを前提とした日本の若者の生活保障は隘路に陥っています。若者の多様化に伴う複雑なニーズに対応するためには若者の生活保障を権利として打ち立てる必要があることを論じました。

研究指導

大学院の授業では、受講生の問題関心を踏まえつつ、福祉国家の形成・縮減・再編に関する文献を古典から最新の研究まで網羅的に読み込んでいきます。毎年必ず英語の文献も取り上げています。英語文献の講読では、逐語訳をつくり一語一句正確に訳していくのではなく、ある程度の分量(20〜30ページ程度)を辞書なしで読みこなしていく(分からない単語は飛ばして前後から意味を推測する)ことを指導しています。最近は福祉国家に関する日本語での優れた研究成果もたくさん刊行されています。ですが、世界の最新の研究知見に触れるためには、英語での研究成果を抑えておく必要があります。そのため英語文献に慣れることも授業の重要な目的の一つに位置付けています。

授業の進め方は、一学期の前半は文献の輪読を通じて福祉国家研究の論点を掴むことを目指し、後半は受講生が各自の研究発表を行い、それに対してピアレビューを行う機会を設けています。福祉政治や比較政治学の理論を理解し、自らの研究に応用できるようになることを目指すと同時に、受講生がお互いの研究紹介を通じ研究仲間としての意識が涵養されることを大切にしています。大学院生活において、共に切磋琢磨できる仲間は、時に指導教員より心強い存在だったりします。

院生指導では若者政策に限らず、政治学、比較政治学をベースにした福祉国家の研究であれば指導可能ですので、ぜひ一度ご相談ください。雇用政策、福祉政策、家族政策の事例研究による国際比較を行いたい方も歓迎します。

実践的な取り組み

ソウル市・革新パーク内の青年ハブ(社会的機関)のシェアスペース

博士課程を修了した後のポスドク研究員時代から、学習支援や地域若者サポートステーションを運営する団体や、地方行政の職員の方々と一緒に研究と調査活動を行っています。日本が国として本格的に若者政策を展開する以前から、草の根で不登校児の学習支援やひきこもり状態の若者の就労支援を行なってきた実践者と共に、理論と実践の融合を目指す活動に取り組んできました。

国内だけでなく海外の若者支援の現場も訪問し、2019年には韓国・ソウル市で日韓若者支援実務者・研究者ネットワークカンファレンスに参加しました。この時は、ソウル市が導入した「青年手当て」や青年議会について市の労働政策担当者へのヒアリングや、青年社会的経済をバックアップする組織拠点を訪ね、意見交換の機会を持ちました。

現在はさいたま市を拠点に子どもや若者の学習・居場所・就労支援、地域の課題に向き合うコミュニティづくりを行うNPO法人のプロジェクトに携わっています。従来の行政の縦割りの仕組みでは解決が難しい課題に対し、地域社会の連携と協働を通じてアプローチする方法を模索しています。

受験生へのメッセージ

大学院では自分で立てた問題設定に基づいて、先行研究のレビュー、データや資料の収集と分析、論文の執筆を行う必要があります。このように文章にすると一言ですが、実際のプロセスは試行錯誤の積み重ねです。私自身も初めから今のテーマに取り組むことが見えていたわけではありません。指導教員や他大学の先生方、先輩や研究仲間、実践者の方達との多くの議論やご指導を通じて少しずつ形になっていきました。大学院を修了した後どのような道に進むことになろうと、自分で立てた「問い」に自分なりの「答え」を探す経験はかけがえのないものだと思います。

※インタビュー当時の情報です。

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