自ら調べて考える習慣を身につけ、社会問題と慎重に向き合う姿勢を

コミュニティ政策学科 大久保心助教(教育社会学、社会階層論)

2024/08/06

教員

研究内容

専門は教育社会学・社会階層論で、子ども期のライフスタイルが教育格差とどのように関わっているかに大きな関心を持っています。具体的には「なぜ成績・学力・学歴の格差が生じるのか」という問いについて、子どもの生活習慣や親の子育てに注目し、社会調査データを用いた研究を行なっています。ちなみに、ここでいう教育格差とは「親の学歴や職業、経済状況といったような出身世帯の資源によって、成績・学力や学歴などの教育的な結果に生じる差」のことを指します。

かねてから教育社会学や社会階層論では、国内・国外を問わず教育格差の生じるメカニズムをめぐり、子ども期の要因の重要性がたびたび指摘されてきました。たとえば、親の経済状況・学歴・教育意識、家庭の文化環境、親や子の人間関係などが理論や実証で有力な要因とされています。しかし、それらでは十分に説明がつかない部分も多く、要因の解明が十分に進んでいるとはいえない状況にあります。そこで、日常的に積み重なっていく子どもの生活習慣や、それに関連する親の子育てが重要な要因ではないかと考え、現在の研究を進めています。

特に、大学院博士課程では子どもの時間意識や生活時間(時間の使い方)について検討し、博士論文としてまとめました(*1)。現在は時間意識・生活時間だけではなく、子ども期のライフスタイル全般に視野を広げて研究しており、とりわけ統計ソフトを使って質問紙調査で得たデータを解析する計量分析という方法を用いることが多いです。なお、自力で良質かつ大規模な質問紙調査を行うのは至難の業なので、通常は研究者集団の行った社会調査データをレンタルして分析する「二次分析」によって研究を行っています。

以上の研究内容の紹介と経緯は行儀よく繕ったものですが、実のところその背後には私自身で目にした経験に基づく直感が隠れています。大学入学後、学習塾でのアルバイトに従事するうちに、学習時間が長いのに成績が伸びない生徒やその逆を目にすることが少なくありませんでした。加えて、時間管理の上手な生徒ほど、成績も良好あるいは上昇しやすいような印象を抱きました。しかも、それは学習時間の長短に関わらず、です。また、出身世帯の諸資源に恵まれていない生徒ほど、です。このような漠然とした直感を持ちながら何気なく大学図書館を見渡してみたところ、意外にも社会科学で子どもの時間を実証的に扱った書籍がほとんどないことに驚きました。「意外にも」というのは、時間ほど身近なテーマであれば誰かがすでに研究し尽くしているだろう、と思ったからです。そのような経験に基づく直感は、少なからず現在の私の研究を導いているのかもしれません。

学年ごとの学校外学習時間と学校の成績との関係を示したグラフ(散布図と平滑化曲線)(*2)

たとえば、最近行った研究では、公立校の小中学生を対象に、学校以外の学習時間と学校の成績との関係について、ベネッセ教育総合研究所のデータを用いて分析しています(*2)。その結果、図のように必ずしも学習時間が長ければ長いほど成績が良い、という単純な関係にあるわけではないことがわかります。また、子どもの平日の時間の使い方について、単に教育格差を拡大・維持させるだけでなく、むしろ縮小させる可能性についても示唆されるような結果も得られました(*3)。これらの結果はあくまで記述的分析であり因果関係には迫っていないため、今後さらに精緻な分析を行う予定です。

このような分析結果は、直感的には当たり前のように感じられるかもしれませんが、直感の適切さを何らかの根拠に基づいて検討できる点は、社会調査データの収集と分析の大きな意義といえます。しかし、単一のデータや方法だけでは適切でない結論に至る可能性も拭えないため、無批判に大きな結論を示すことは危険です。そのため、分析結果についてはとにかく慎重に考察することが何よりも重要だと考えています。

学部での教育内容

社会調査の中でもとりわけ量的調査や社会統計学、計量分析に関連する科目を担当しています。ここでは、「統計学入門」「データ分析法」の2科目について、どのような授業をしているかを紹介しましょう。

まず「統計学入門」では、社会統計学の基本について小学校〜高校で学ぶ統計のおさらいからその応用に至るまで、社会問題に関わるテーマとともに扱います。具体的には、貧困・格差、家族、教育、職業、社会意識などについて、日々触れるようなテレビやネット、新聞・雑誌などで示される図表との共通点・相違点を意識しながら学びます。数学を苦手とする学生が多いことは百も承知ですが、あえて数式や計算を積極的に交えて授業をしています。また、あえて一見すると難解そうな社会科学の報告書や論文も読んでもらいます。というのも、苦労して得る知識や経験ほど、自ら調べ考えざるを得ないため、その分だけ頭に残ると考えているからです。
次に「データ分析法」では、複数の変数間の関連を分析する多変量解析について、その理論と方法を学び、SPSSという統計ソフトを用いて大規模な社会調査データの二次分析を行っています。実は統計ソフトを用いると、仮に分析手法の理論と方法を知らなくても、ボタンをクリックしてしまえばPCが勝手に分析結果を出してくれます。しかし、それは誤った解釈にもつながりかねず、社会を歪んだ形で理解することになってしまいます。そうした危険を避けるため、「統計学入門」と同様に、まずはつらくても理論的な背景について数式とともに慎重に学んでもらいます。その上で、統計ソフトの利用に進み、主に教育や家族に関連するデータ分析を行いながら、多変量解析の意義と限界の双方を習得します。

受験生へのメッセージ

1. 大学生活で大切なこと
大学では、一生の中でも最大級にといっても過言ではないほど、自分でものを調べて考えるのにちょうど良い場所と時間が存分に提供されます。世間一般では、おそらくそうした場所や時間は「無駄」なものとしてカットされがちですので、その分だけ大学生活は恵まれし者の特権ともいえるのではないでしょうか。おそらく受け身のまま過ごしていても大卒資格は得られますが、せっかくであればその場所と時間を活かして、国や社会に対する責任感と俯瞰的な視点を養って羽ばたいてほしいと思います。これは、恵まれし者が社会的責務を自覚し実践する重要性を説くフランスの言葉である「ノブレス・オブリージュ Noblesse Oblige」の姿勢そのものだと考えています。

加えて、量的調査や計量分析を教える教員の立場から、個人的には慎重な姿勢も大事にしてほしいと思います。とかく若いうちは、既存の社会を新しくすることに魅力を感じるかもしれません。しかし、社会問題で苦しむ当事者を目の前にした場合に、すぐに手を差し伸べて何か解決に向かおうと焦るのではなく、まずは歴史や制度、社会構造などの関連情報の丁寧な整理をする。そうした基礎情報を元手に考察をし、行政や民間組織に可能な変革を考え、それが当事者への逆効果や社会全体への不利益にならないかを徹底的に考える。こうした慎重なプロセスを経ると、大概ドラスティックな変革を結論とするには至らないのですが、その分だけ現行の社会の制度・構造の手堅さや意義を再確認するに至ることもありうるわけです。このような慎重な姿勢は、大学生活の豊かな場所と時間という恵まれた環境にこそ下支えされているといっても過言ではないでしょう。

2. 大学生活に向けて大切なこと
このような自分でものを調べて考えるのに適した場所と時間という恵まれた環境を得るため、大学入学までの間に幅広い興味関心を持っておくことをお勧めします。みなさんにとっては、どうしても学校の人間関係が生活の中心になってしまうかもしれませんが、学校外のコミュニティの人々にも目を向けなければ、大学入学後の学びの効果は大幅に小さくなってしまいます。というのも、大学で学ぶことの多くがみなさんの日常生活とは異なる世界を話題にしたものであり、単なる想像力では限界があるからです。もちろん、大学に入ってから興味関心を広げるのでも遅くはないのですが、4年間の大学生活は一瞬で過ぎ去ってしまいます。おそらく高校3年間よりも早く感じるはずです。だからこそ、受験対策は十全にすべきですが、その中でも少し脇見をしながら学校以外の世界に想いを馳せる余裕も持ち合わせてほしいと思います。

いずれにしましても、立教大学のコミュニティ福祉学部を受験しようとして、意識的にこのWEBサイトのここまで読んだ受験生のみなさんには、先述したノブレス・オブリージュや慎重な姿勢の萌芽がすでにあるはずです。その点で大学生になる自信を持って良いと思います。受験に向けた不安もあるかもしれませんが、その分だけ大学生活やその後の自分への期待も忘れずにいてください。
※インタビュー当時の情報です。

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