自律的で自立した人間に成長するプロセスを一緒に考えましょう
コミュニティ政策学科 走井洋一教授(市民教育論、社会教育論)
2024/10/18
教員
研究内容
これまで,教育学のなかの教育哲学・教育人間学領域,つまり,教育を哲学的に探究する領域,特に,諸科学の知見を取り入れつつ人間を捉えようとする人間学的な立場から研究をしてきました。教育学というと,どうしても「教える−教えられる」という関係を考えがちですが,私自身の関心は,人間がどのように形成するのかという点にあります。そのなかでも社会性の形成というテーマに取り組んできました。
人間が生きていく(これは英語のlifeが多義的であるのと同様,単に生物学的な意味で「生きる」ということだけでなく,「生活する」ことなどを含みます)ためには,他者と関わらざるをえず,その関係が持続すると社会を構成することになります。私たちは「生まれる」ことによって社会に参加することになるのですが,よく言われるように受動的に社会に参加することを余儀なくされます。そのため,社会に参加し,そこでまっとうに生きていくこと(それができる性質のことを暫定的に社会性と名づけておきます)は,それほどたやすいことではありません。自らが望んでいないことへ順応するように求められることや,さらには社会そのものを変革していかなければならないからです。現に存在する社会に順応していくプロセスは,自分の望むことばかりではないですし,さらにどうしても私たちが生きていくことに無理があると考えれば,社会を変えるしかありません。
もちろん,社会にすでに順応的に生活している人たちにとっては,社会を変えることの意義を見出せないでしょう。教育(あるいはより広く人間形成)とはすでに存在する社会とそこでの人間との関わりにおいて見出されるものですから,すでに存在する社会を肯定的に捉えるのか,否定的に捉えるのかで,社会との関わり方,そして教育や人間形成も変わることになります。
このように,人間が社会のなかでどのように形成するのかという問いに対して,必ずしも確定的な見通しをもつことができるわけではありません。だからこそ,その形成プロセスがどのようなものであるかを問うことに意味があると考えて,これまで取り組んできました。
近年では,そのプロセスに人間の生まれながらにもっている能力(生得的能力)がどの程度寄与するのか(あるいはしないのか)について考えてきました。社会性の形成プロセスには,生得的な能力と学習が関わることは間違いありませんが,両者の関係についての確定的な捉え方はありません。特に,近年の進化生物学,進化心理学の研究の進展によって,生得的能力についての研究が進められてきました。これらの研究によると,人間は必ずしも利己的にだけ振舞うのではなく,協調的,協力的に振舞うことが明らかになってきています。とすれば,社会性は生得的能力だけで十分だと考えることができそうですが,生得的能力が働く規模と範囲に一定の限界があるため,それを越えるための学習もまた必要になります。それらの関係をどのように捉え,どのような学習を必要とするのか,そしてまた,その学習にはどのような支援が必要か,を考えています。
人間が生きていく(これは英語のlifeが多義的であるのと同様,単に生物学的な意味で「生きる」ということだけでなく,「生活する」ことなどを含みます)ためには,他者と関わらざるをえず,その関係が持続すると社会を構成することになります。私たちは「生まれる」ことによって社会に参加することになるのですが,よく言われるように受動的に社会に参加することを余儀なくされます。そのため,社会に参加し,そこでまっとうに生きていくこと(それができる性質のことを暫定的に社会性と名づけておきます)は,それほどたやすいことではありません。自らが望んでいないことへ順応するように求められることや,さらには社会そのものを変革していかなければならないからです。現に存在する社会に順応していくプロセスは,自分の望むことばかりではないですし,さらにどうしても私たちが生きていくことに無理があると考えれば,社会を変えるしかありません。
もちろん,社会にすでに順応的に生活している人たちにとっては,社会を変えることの意義を見出せないでしょう。教育(あるいはより広く人間形成)とはすでに存在する社会とそこでの人間との関わりにおいて見出されるものですから,すでに存在する社会を肯定的に捉えるのか,否定的に捉えるのかで,社会との関わり方,そして教育や人間形成も変わることになります。
このように,人間が社会のなかでどのように形成するのかという問いに対して,必ずしも確定的な見通しをもつことができるわけではありません。だからこそ,その形成プロセスがどのようなものであるかを問うことに意味があると考えて,これまで取り組んできました。
近年では,そのプロセスに人間の生まれながらにもっている能力(生得的能力)がどの程度寄与するのか(あるいはしないのか)について考えてきました。社会性の形成プロセスには,生得的な能力と学習が関わることは間違いありませんが,両者の関係についての確定的な捉え方はありません。特に,近年の進化生物学,進化心理学の研究の進展によって,生得的能力についての研究が進められてきました。これらの研究によると,人間は必ずしも利己的にだけ振舞うのではなく,協調的,協力的に振舞うことが明らかになってきています。とすれば,社会性は生得的能力だけで十分だと考えることができそうですが,生得的能力が働く規模と範囲に一定の限界があるため,それを越えるための学習もまた必要になります。それらの関係をどのように捉え,どのような学習を必要とするのか,そしてまた,その学習にはどのような支援が必要か,を考えています。
学部での教育活動
学部ゼミでは,市民性の形成のプロセスを,就労支援現場と小・中学校の2つのフィールドを通して探究することを目的としています。
市民性は,近代社会に付随する社会制度や構造のなかでまっとうに生きていく性質といってよいと思います。社会性の形成について研究してきたと述べましたが,近代以降の社会においては,私たちの自由や権利などを抜きにして考えることはできず,その点で社会性は市民性とほぼ同義に捉えることができると思います。その市民性の形成のプロセスを探究することをゼミの課題とし,特に近代社会(あるいは後期近代社会)とは何か,そのなかで市民であること(市民性)には何が求められるのか,市民性はどのように形成されるのか,などの問いについてさまざまな文献をもとに検討しています。私の研究の出自にも由来しますが,理論的な研究を重視し,様々な事象の背景を理解することを学生のみなさんには求めています。
そして,こうした理論的研究と並行して,就労支援現場と学校でフィールドワークを行います。就労支援現場は, 2020年に成立した労働者協同組合法にもとづく労働者協同組合が行っている現場を主にフィールドとしています。労働者協同組合はメンバーが出資・経営・労働を行う協同組合の一種の組織体ですが,日本では失業者対策事業からはじまった運動のなかで形成したものです。そのため,労働者協同組合での就労支援は,既存の職場や文化への適用ではなく,その人らしい生き方をお互いに実現していくことを目指しています。もちろん,現実はそれほど理想的ではなく,悩みや矛盾に直面しながらも,働いているという現場が多いといってよいと思います。関東圏の現場をはじめ,兵庫県豊岡市にある地域若者サポートステーション但馬とその利用者が主体となってはじめたNextGreen但馬などの関東圏外の現場でもフォールドワークを行います。
もう1つのフィールドである小・中学校では,主に道徳の授業の実践に注目しています。子どもたちが自立的で自律的な道徳的な実践者になるために,どのような道徳の授業ができるのかを小・中学校の先生方とともに検討していきます。現在では,問題解決的な学習,体験な学習,p4c(Philosophy for Children)など多様な取り組みを通じて,道徳的実践者となるための試みがなされています。とはいえ,道徳性は必ずしも市民性と同義ではありませんから,道徳科の実践がそのまま市民性の形成に繋がるわけではありません。そのため,市民性を形成するための道徳科でどのような取り組みが可能なのかを考えていきます。
いうまでもないことですが,学生のみなさん自身も(そしてまた私自身も)市民性を形成するプロセスにあります。そのプロセスでのつまずきやささやかな成功を共有しながら,一緒に市民性を形成していけるような場としてゼミが機能することを目指しています。
市民性は,近代社会に付随する社会制度や構造のなかでまっとうに生きていく性質といってよいと思います。社会性の形成について研究してきたと述べましたが,近代以降の社会においては,私たちの自由や権利などを抜きにして考えることはできず,その点で社会性は市民性とほぼ同義に捉えることができると思います。その市民性の形成のプロセスを探究することをゼミの課題とし,特に近代社会(あるいは後期近代社会)とは何か,そのなかで市民であること(市民性)には何が求められるのか,市民性はどのように形成されるのか,などの問いについてさまざまな文献をもとに検討しています。私の研究の出自にも由来しますが,理論的な研究を重視し,様々な事象の背景を理解することを学生のみなさんには求めています。
そして,こうした理論的研究と並行して,就労支援現場と学校でフィールドワークを行います。就労支援現場は, 2020年に成立した労働者協同組合法にもとづく労働者協同組合が行っている現場を主にフィールドとしています。労働者協同組合はメンバーが出資・経営・労働を行う協同組合の一種の組織体ですが,日本では失業者対策事業からはじまった運動のなかで形成したものです。そのため,労働者協同組合での就労支援は,既存の職場や文化への適用ではなく,その人らしい生き方をお互いに実現していくことを目指しています。もちろん,現実はそれほど理想的ではなく,悩みや矛盾に直面しながらも,働いているという現場が多いといってよいと思います。関東圏の現場をはじめ,兵庫県豊岡市にある地域若者サポートステーション但馬とその利用者が主体となってはじめたNextGreen但馬などの関東圏外の現場でもフォールドワークを行います。
もう1つのフィールドである小・中学校では,主に道徳の授業の実践に注目しています。子どもたちが自立的で自律的な道徳的な実践者になるために,どのような道徳の授業ができるのかを小・中学校の先生方とともに検討していきます。現在では,問題解決的な学習,体験な学習,p4c(Philosophy for Children)など多様な取り組みを通じて,道徳的実践者となるための試みがなされています。とはいえ,道徳性は必ずしも市民性と同義ではありませんから,道徳科の実践がそのまま市民性の形成に繋がるわけではありません。そのため,市民性を形成するための道徳科でどのような取り組みが可能なのかを考えていきます。
いうまでもないことですが,学生のみなさん自身も(そしてまた私自身も)市民性を形成するプロセスにあります。そのプロセスでのつまずきやささやかな成功を共有しながら,一緒に市民性を形成していけるような場としてゼミが機能することを目指しています。
大学院での研究指導
大学院では,大学院生自身が自律的な研究を行えるように支援したいと考えています。自らが設定した課題をどのように研究課題へと彫琢していくか,どのように研究計画を立て実施するのか,フィールドワークからどのように結果を導くか,など,大学院生は研究を進めていくなかで,「どのようにすればよいのか」という問題に直面することになります。「どのように」という問いに対する答えは,知識として知っているということだけでは見出せません。そのため,一緒に試行錯誤しながら,それらの「どのように」に対する答えを大学院生自身が見出せるような支援を行うように心がけています。
実践的な取り組み
まず1つは就労困難な人たちの就労支援の現場でのアクションリサーチやフィールドワークに取り組んできました。就労困難な状況は必ずしも本人に起因することばかりではありません。とすれば,そうした状況を克服していくには,本人だけでなく,社会そのものへの働きかけが不可欠です。この点について,近年では,コミュニティ・オーガナイジング(CO)の実践に関心をもっています。COは,コミュニティの課題の解決だけでなく,その課題解決のためにコミュニティのメンバーをエンパワーメントするものでもあり,その意味では極めて教育的なアプローチと考えることができます。COの教育学的な意義と可能性についても関心をもって研究を進めているところです。
2つめは小・中学校の道徳教育に関わる研究です。道徳教育は歴史的な経緯から保守性の強いものとして受け止められてきました。しかし,道徳教育は道徳性の育成を目指すものであって,道徳性が正しいことを判断し,行為する性質(道徳性を性質と捉えるのか能力と捉えるのかは議論が分かれるところですが,ここでは性質としておきます)であることから考えれば,保守的性格のみでないことは明らかです。2015(平成27)年に学習指導要領が一部改正され,特別の教科として道徳科が導入されましたが,正しいことを判断し,行為する性質の形成を目指す点が強く打ち出されています。とはいえ,旧来の道徳教育との継続性から,その理念が実現しているとはいいがたい現実があります。そうした現実を踏まえて,小・中学校の道徳科においてどのような授業が望まれ,実践しうるのかについて研究を行っています。COにもつながりますが,子どもたちが自らの課題に当事者性をもって取り組むためにはどのような実践ができるのかについて,小・中学校の先生方と協同して研究しています。
2つめは小・中学校の道徳教育に関わる研究です。道徳教育は歴史的な経緯から保守性の強いものとして受け止められてきました。しかし,道徳教育は道徳性の育成を目指すものであって,道徳性が正しいことを判断し,行為する性質(道徳性を性質と捉えるのか能力と捉えるのかは議論が分かれるところですが,ここでは性質としておきます)であることから考えれば,保守的性格のみでないことは明らかです。2015(平成27)年に学習指導要領が一部改正され,特別の教科として道徳科が導入されましたが,正しいことを判断し,行為する性質の形成を目指す点が強く打ち出されています。とはいえ,旧来の道徳教育との継続性から,その理念が実現しているとはいいがたい現実があります。そうした現実を踏まえて,小・中学校の道徳科においてどのような授業が望まれ,実践しうるのかについて研究を行っています。COにもつながりますが,子どもたちが自らの課題に当事者性をもって取り組むためにはどのような実践ができるのかについて,小・中学校の先生方と協同して研究しています。
受験生へのメッセージ
大学は専門教育を通じて専門性を高めるための教育機関ではあるのですが,専門性を高めることだけでなく,そのことを通じて,世界を多様にみる見方を身に付ける場であると私は考えています。私たち人間は,生得的な能力だけに依拠すると,様々なバイアスが働き,物事を一面的にしか見なくなってしまう傾向をもっています。そうしたバイアスを越えて,多様に世界を見ることを一緒に体験しましょう。
※インタビュー当時の情報です。