空気なんか読まず、他者を敬い、何が何でも生き抜く力を身につけましょう。

コミュニティ政策学科 上林陽治特任教授(公共政策学、労働社会学、公務員制度、公共調達)

2024/02/14

教員

研究内容

地方自治体の公共政策と、政策実施の基盤である公務員制度にこだわる研究を進めています。このような研究テーマに行き着いたのは、30年以上も前のある出来事がきっかけになったのではないかと、考えています。

戒厳令下の南アフリカにて
1990年3月、私は、南アフリカの首都ヨハネスブルグ近郊のソウェトという黒人居住区でホームステイしていました。
ある日曜日のことです。私は、濛々(もうもう)とした土煙りの中を、数万人の男たちが、重低音のうなり声を繰り返し発してリズムを刻み、赤色の乾いた大地を怒りで踏みつけながら、小走りに進んでいく光景を見ていました。彼らの肩には、前の週に治安警察によって殺害された若者たちの棺が乗っていました。
戒厳令下で、一切の集会やデモ行進が禁止される中にあって、棺を担いでの行進は、当時の南アフリカで敷かれていたアパルトヘイト(人種隔離)政策に抗議する葬列デモであり、墓地でのセレモニーでは反アパルトヘイト運動の指導者たちが次々に演説し、決起集会の様相を呈していました。
一方、剥き出しの暴力が吹き荒れ、外出禁止令がでていた中にあっても、私がお世話になっていた家の狭い一室には、夜になると、様々な職業をもつ男女10数人が集まり、ストリートコミッティーが開かれていました。彼らは一定の居住ブロックを代表する者たちで、自分たちの地域が抱える問題や直近に起こった事件の背景を語りあい、ネルソン・マンデラら獄中の指導者が秘密裏に発してきたメッセージが伝えられ、そして何をなすべきかを話し合っていました。
私の世話を焼いてくれた20代前半の若いフリーダム・ファイター(自由の戦士)は、We Can Do Everything by Ourselves through Dialogue.<対話を通じて、私たちはすべてのことを自らできる>と語っていました。
実際、当時のソウェトでは、警察や軍隊を含めてアパルトヘイト政権に連なる行政組織は機能停止に陥っており、解放区に近い状態だったのです。そして多くのことがストリートコミッティーで決せられていました。
しかし、権力の空白期はカオス(混沌)です。私が帰国してから3月ほど経過したある日、先のフリーダム・ファイターが何者かによって殺害されたという報せが届きました。

ネルソン・マンデラ(中央)と筆者(写真右)。1990年10月、東京で。

アパルトヘイト化した社会におけるマイノリティの人権
アパルトヘイトとは、apart-heit、すなわち別れた状態のことをさします。居住空間、交通機関、政治参加、職業、学校、子どもたちが遊ぶ公園も、その中にあるベンチでさえも、社会のありとあらゆる物事が肌の色の違いで「分断」されていました。だから一方は他方を見ないで済み、自らが立脚する世界を「すべて」と認識し、もう一方に別の世界があることなど知る由もなかったのです。「加害」の側にいても「加害」の認識は生じません。
こうした「分断」が支配し自らの世界をすべてとみなしてしまう社会構造は、遠い南アフリカだけのことではなく、私たちが暮らすこの社会全般を、地域社会を覆っています。
たとえば、10人に1人といわれるLGBTQなどの性的マイノリティは、自分らしく生きる権利を奪われ、差別を恐れて誰にも見破られないように暮らしています。コンビニや建設現場で働く外国人労働者にも家族がおり、恋愛もし家族をつくり、幸せに暮らしたいと願っている私たちと同じ人間のはずなのですが、そのようにはみなされていません。さらには低価格の衣料品や食料品が、その安さの背景には、児童労働や強制労働を使って生産されているかもしれないことは、商品を見ただけではわかりません。
私たちは、隣人である性的マイノリティや「人身売買」と称される外国人労働者のリクルートの仕組みを見なくてもよい社会構造の下で暮らしています。ましてや遠い国の児童労働や強制労働は見えません。
つまり私たちは、アパルトヘイト化した社会の中で、暮らしているのです。
人権擁護の防波堤である地方自治体と公務員の元気を取り戻す
ではどうしたらよいのでしょうか。
ひとつの答えが、地方自治体の働きです。
LGBTQの権利をめぐっては、地方自治体が率先して、その人権擁護に動いています。2015年11月に渋谷区と世田谷区ではじまったパートナーシップ制度(同性婚が法律上認められないなかで、法律上の婚姻関係と同等のものとして扱うことを自治体が保証する)の導入自治体は、2024年2月1日時点で、少なくとも392に広がり、4000組以上が同制度でパートナーであると地方自治体から認証されました。
定住外国人の権利をめぐっては、外国籍住民に選挙権が与えられていない中にあって、1996年に川崎市で外国人市民代表者会議が設置されました。川崎市は2019年に罰則つきのヘイトスピーチ(憎悪表現)禁止条例を制定し、徐々に広がっています。
さらに地方自治体は、公共工事や業務の委託を請け負う事業者や物品を購入する企業に対し、人権順守状況を調査しなければならない立場にあります。
このように地方自治体は、分断された社会を統合し、人権擁護の防波堤となる役割があるのですが、このことは今にはじまったことではなく、住民の健康を守る公害防止条例や環境アセスメント、開かれた行政を目指す情報公開や行政手続条例、住民参加のための住民投票や自治基本条例など、常に国に先行して政策を展開してきたのです。
ところがその地方自治体が、いま元気がない。財政ひっ迫に喘ぎながら住民の幸せのため日夜奮闘する地方公務員は、OECD諸国で最も少ない人数です。しかも4割は非正規公務員です。公務員制度は基盤行政といわれています。日本の行政学の祖といわれる辻清明氏は「(公務員制度は)公務を運営してゆく「基盤行政」であり、その適正なる配置が乱れれば、たとえいかなる卓抜なる企画であれ、あるいはどれほど豊かな経費や資材が用意されていようとも、その行政は失敗に終わるほかない」と語っています。
住民は誰であれ、地域で自分らしく生きる権利が保障され、いきいきと暮らしていけるよう地方自治体と公務員の元気を取り戻す、そのために何をすればよいのかを一緒に考えていっていただければ、うれしい限りです。
研究業績
編著書だけで11冊ほどあるのですが、最近では以下の2冊を公刊しています。
  • 編著『格差に挑む自治体労働政策 就労支援、地域雇用、公契約、公共調達』日本評論社
    2022年10月に発刊したものです。地方自治体には格差や貧困などの社会の危機に対し、働く人を下支えして自尊心を回復し、よい事業者を育成し悪い事業者を排除する公共調達を通じ、公契約条例という労働政策という仕事があるということを、問題意識を共有する研究者仲間との討論を通じて、明らかにしたものです。
  • 単著『非正規公務員のリアル 欺瞞の会計年度任用職員制度』日本評論社
    2021年2月に発刊したものです。住民に最も近い地方自治体である市区町村に勤務する職員の4割は、年収が200万円程度で働く非正規公務員です。図書館員の7割、保育士の5割以上、婦人相談員や消費生活相談員などの相談支援にあたる職員のほとんどが非正規公務員で、その実態から官製ワーキングプアと呼ばれています。本書は非正規公務員問題とは何かを明らかにしたものです。

学部の教育活動

2024年度は以下の授業と演習を受け持っています。授業やゼミでは、とにもかくにも、濁りなき眼で当事者に会い、声を聴くことを心がけています。授業のテーマによっては、地方自治体の職員とZOOMでつなげて学生と対話してもらったり、動画を駆使したり、当事者にゲストスピーカーとして来ていただいたりしています。
  • 地域社会と労働 1年生対象
    労働とは、一人一人の人間が、社会的役割を果たす活動です。自分らしく生きられる居場所を得るための活動としても、重要な意味があります。労働政策の目的は、一人一人の人間が、自らの尊厳を傷つけられることなく、地域社会において役割と活躍の機会を保障されることです。具体的な事例を紐解きながら、学習し、生きていく知恵を身につけていきます。
  • 地方自治法ならびに政策法務 2~4年生対象
    地方自治体には、地域住民が抱えている困難や課題を解決するために、法令を駆使しあるいは自治立法としての条例を制定し、時には国とたたかいながら、住民の幸福につながる政策を進めています。政策法務という授業では、現実の行政活動への法令などの適用方法を検討します。地方自治法という授業では、地方自治体が政策を進めるうえでの基礎となる地方自治体の仕組みを学びます。
  • コミュニティスタディ「地方自治体の人権政策~現場から考える自治体と市民による地域共生社会づくり」 3・4年生対象
    日本中で、人を元気にし、その活躍を支援し、人権を守り、誰もが何ものにもとらわれずに暮らしていける地域をつくる実践が積み重なっています。本ゼミでは、これら地域の実践をひとつひとつ紐解き、何が成功の要因で、何が不足しているのかを調査研究します。
    2023年度の本ゼミの活動では、2つの地方自治体の事例を対象として研究しました。一つは外国人住民との共生を模索する川崎市の取組で、もう一つは、LGBTQへの配慮から公務員採用試験の履歴書から性別欄をなくしたり、増加する日系ブラジル人住民との共生をめざす福井県越前市の多様性・多文化共生政策の形成過程を調べました。

福井県鯖江市の職員とZOOMでつないで、学生の質問に答えていただきました。

2023年のコミュニスタディのゼミの越前市合宿では、定住日系ブラジル人の子どもたちの学習支援をお手伝いしました。

受験生へのメッセージ

「大学進学という「希望」を語ってくれませんか?」
この言葉は、福井県越前市で日系ブラジル人の中高生の学習支援をしているNPO団体理事長のものです。2023年夏に実施したに3年生のゼミの越前市合宿では、ゼミ生が学習支援のお手伝いをしたのですが、その折に、「勉強や日本語で苦労している日系ブラジル人中高生に、進学することの希望を見せていただけないか」と要請を受けました。ゼミ生のプレゼンを視聴した中高生は、目を輝かせていました。
受験生の皆さんは、今は不安でいっぱいだと思います。
だけど目線を変えると、大学への進学という道筋は、皆さんに「希望」を与えてくれているのです。だから不安に負けないで、今の道筋をまっすぐに歩いてください。
※インタビュー当時の情報です。

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