変化の激しい時代だからこそ、「日常」に立脚しつつ課題を見定めていきましょう

コミュニティ政策学科 丹羽宣子助教(宗教社会学、ジェンダー研究)

2024/07/24

教員

研究内容

現代日本の伝統仏教教団を社会学の立場から研究しています。
日本仏教の特徴を私なりにまとめると、①僧侶が家庭生活を営んでいること、②地域密着型であること、③ジェンダーの非対称性があげられます。
仏教は元来、「出家主義」の宗教です。仏教徒は世俗(労働や家族との生活)を離れて仏道修行に専念する「出家者」と、世俗生活を送りながら仏道に帰依する「在家者」に分かれます。出家者は在家者を教え導く存在です。在家者は金銭や食料などを資助することで出家者の修行生活をサポートします。これがいわゆる「布施」です。
ところが今日の日本社会で「お坊さん」「ご住職」と呼ばれる人々の多くは結婚しており、ほとんどのお寺は父から息子へ継承されています。日本国内ではあまり意識されませんが、出家者である僧侶が結婚していること、お寺を家族で営んでいることは、実は日本独自のことなのです。

浄土真宗の祖・親鸞は「非僧非俗」と称し、恵信尼と夫婦となり、子を成しました。そのため浄土真宗系のお寺では妻帯がなされていきましたが、それ以外の宗派では江戸時代までは(公には)妻帯していませんでした。決定的な変化をもたらしたのは、明治5年の太政官布告第133号「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事」(今より僧侶の肉食・妻帯・蓄髪等勝手たるべし事)、いわゆる「肉食妻帯令」の公布です。大正期にはほぼ全ての宗派で公に妻帯されるようになり、お寺は住職夫妻の息子が継いでいくようになります。
とはいえ出家の理念がなくなったわけではありません。宗派ごとにグラデーションはありますが、近現代の日本仏教は出家主義という仏教理念に対して緊張関係を抱えています。僧侶が家族をもつことは日本仏教の大きな特徴でありながら最大のタブーでもあり、正面から議論されることは避けられがちであったといわれています。
一方で、地域社会や檀家の側から見ると、お寺の家族経営と世襲による継承は、寺院の安定維持が期待できるというメリットがありました。お寺は供養文化のプラットフォームであり、また、地域コミュニティの重要な結節点のひとつでもあります。
例えば國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所が2020年度に行った「第13回学生宗教意識調査」の設問「災害が起こった際に宗教は人々を支えることができる」の回答では、「そう思う」24.0%、「どちらかといえばそう思う」41.3%とポジティブな評価を得ています。実際に、東日本大震災では多くの宗教施設が避難所や支援拠点となり、人々を心身両面で支えてきました。寺社の行事の復活が、その地域の復興のシンボルとなった事例もあります。
広い本堂を開放した赤ちゃん広場、介護者カフェや癌カフェ、子ども食堂の開催など、平時でもお寺を活用した地域貢献活動の試みは様々に行われています。“お供え物”としてお寺に寄せられたお菓子や食べ物を、必要とする地域の子どもたちに届ける認定NPO法人「おてらおやつクラブ」の活動は、メディアでもよく取り上げられているので知っている方もいるかもしれません。
お寺は地域に深く根ざしているだけに、過疎化や都市への人口流動の影響を強く受けざるをえません。ですが、特別なイベントを開催しなくても、地域密着型である伝統仏教だからこそできることはまだまだあると、私は思います。ある住職夫人は、いつもお墓参りに来ている高齢者の姿が見えなければ体調を崩していないだろうかと様子を見に行くと言っていました。自然と行われていた地域の「見守り」がそこにはあります。

著書・関わった報告書

ところで肉食妻帯令の翌年、明治政府は太政官布告26号「比丘尼蓄髪肉食縁付還俗等随意トス」を公布しました。「比丘尼」とは女性出家者を、「縁付」は結婚することを意味します。明治6年の太政官布告によって女性の僧侶も結婚可とされましたが、しかし、その後も彼女たちには非婚が求められる風潮が長く続きます。
男性の僧侶は公に結婚生活を送り、女性の僧侶は出家道の実践者であることが求められるというジェンダー非対称性は、今日でもなくなったとはいえません。近年では後継者不足問題を背景に、お寺に生まれた娘たちが寺院後継となるケースが徐々に増えてきています。彼女たちは日本仏教に新風を吹き込む存在になるかもしれません。とはいえ住職夫妻に息子がいないのであれば娘婿を迎えるのが主流でしたし、娘が寺を継ぎたいと望んでも、宗派や地域性はありますが、檀家が難色を示して拒否するケースもありました。現在でも女性僧侶は葬儀の導師を断られることもあるといいます。実子継承に娘も加えるということは、寺院継承における血族主義、その前提となる異性愛規範の根強さも指摘できます。こうした状況を見定めていく必要があります。

こうした研究をしているとよく質問されることですが、私はお寺の出身ではありません。宗派の調査に協力することもありますが、外部の研究者として独立性を保つことを意識しています。研究者としてのトレーニングは社会科学系の大学院で受けてきました。もちろん仏教学も学んでいますが、私の仏教理解は修行を重ねて僧侶となった方々の足元に遠く及びません。
私が行っている研究は、思想史や文献学的な仏教研究ではなく、日常の中にある「生きられた仏教」を明らかにしようとするものです。Everyday Religion やLived Religionといった研究視座が私の分析枠組みになります。僧侶として生きるということはどのようなことなのか、法話に込めている思い、檀家さんとの日常的なやりとりについてなど、インタビューで伺うことは多岐にわたります。お寺とは関係ない話題のなかに、その人の仏教者としての生き様や葛藤が見出されることもあります。そうした語りを重ね合わせながら、複雑で矛盾を抱えながらもダイナミックに展開している日本仏教を捉えることを目指しています。

学部での教育内容

質的調査を中心に、社会調査関連科目を担当します。
社会調査がアプローチするのは、私たちが共に生きる「社会」そのものです。しかしこの社会というものは、実にやっかいなものでもあります。社会は当たり前のように眼前に広がっているように感じやすいので、なんとなくわかった気持ちになりがちで、疑問や問題意識をもちにくいのです。
ですが実際には、様々な矛盾や問題がこの社会の中には発生しています。それらの多くは「こういうものだから」としてスルーされがちなものですが、立ち止まって考えてみると「ちょっと変だな」と気づくこともあるでしょう。私の研究でいえば「女の子がお寺を継ぐのがダメなのはどうして?」「女性僧侶は親しみやすいと言われるけれど、女性に限らずお坊さんは親しみやすいほうががいいけどなぁ」などです。

社会調査とは、こうした「なぜ?」「どうして?」というフックを社会科学として適切な問いのかたち(リサーチ・クエスチョン)に変換し、それを解き明かそうとする一連の営みです。問いを鍛え、新たな知見を提示していくためには、先行研究に学びつつ、実際にフィールドに出かけていくことが不可欠です。どのような手法を用いてデータを得るか、得たデータの適切な分析方法、調査倫理の問題、調査成果の発信についてなど、学ぶべきことはたくさんあります。

社会調査の基礎固めとなるのが「社会調査法/社会調査入門」と「リサーチ方法論1/リサーチ・デザイン」です。前者では社会調査の根本概念と基本姿勢を講義形式で学びます。後者は実践を視野に入れた授業です。社会調査を企画・立案し、データを収集し分析する力を習得するために、クラス内/学内で小規模な調査を行います。
「質的リサーチ」は実際にフィールドに出る前に知識・技術をしっかりと身につけるための科目となっています。卒論やゼミ研究などでフィールドワークをしたいと考えている方には積極的に履修してもらいたいと思います。
「社会調査実習」の質的クラスでは、実際に調査を行います。最初にアポイントメントの連絡をするのは緊張するでしょうし(私は今でもドキドキします)、調査を断られることも当然あります。どんなに綿密な調査計画を立てても思ったとおりにいかないこともあるでしょう。ただ、期待していた情報が得られず失敗したかのように思える調査データも、より深く読み込んでいくと、自分では気付かなかった側面を照らし出す重要な問い・視座を生む契機になることもあります。不安なこと、うまくいかななかったこともシェアし、相談し合える「安全基地」のようなクラスにしたいと思います。

受験生へのメッセージ

コロナ禍以降、VUCA(ブーカ)という言葉を目にする機会が増えました。Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、変化が激しく先行き不透明な状態を意味します。「VUCA時代」という使い方が多いようですが、これは既存の価値観や従来のやり方が通用しない現代社会を指します。
不確実性が増し変化の激しい時代だからこそ、なにが問題となっているのか、既存の方法の限界はどこにあるのか、新たに目指すべき方向性はどのようなものか、それらを見定めていく能力を身につける必要があります。
社会調査を学ぶことで培われる「リサーチ・センス」は、こうした時代を生き抜くうえで必須のスキルであると思います。難しくも面白い、この現代社会をともに理解していきましょう。
※インタビュー当時の情報です。

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