福祉の価値観は人生を味わい深くしてくれるはずです

福祉学科 小倉明子助教(スクールソーシャルワーク、フェミニストソーシャルワーク)

2026/07/02

教員

研究内容

現在、不登校の子どものいる母親への支援についてフェミニストソーシャルワークの視点から研究をしています。フェミニストソーシャルワークとはその人の環境や経験にジェンダー規範がどのように影響をしているのかを踏まえるソーシャルワークで、エンパワメント(自分の内的な力に気づき、他者と連帯することによって、自分たちが置かれた生きづらい状況から解放されていくプロセス)志向に特徴があります。文部科学省は2026年の不登校は約35万人以上と発表していますが、この数は氷山の一角であり、数字としてはカウントされない多くの子どもたちが学校に足が向かないという状況にあります。そしてその背後にはそんな子どもの状態に心を痛めるご家族、とりわけ母親たちの葛藤と奮闘があるものの、彼女たちへの支援は立ち遅れていると言わざるを得ません。
私がこの課題に心を寄せるのはスクールソーシャルワーカーとして多くの母親たちと関わってきたことが理由の一つです。ソーシャルワーカーが学校の中で求められる支援は不登校に限らず、いじめや発達の課題、家庭環境の調整など多岐に渡り、そのためのアプローチは子どもとの面接に限りません。教員やご家族、そして関係機関の方々とチームになって連携するため、ソーシャルワークの価値観を活かしてファシリテートするメゾレベルへの働きかけも重要になってきます。そのような取り組みの中で、私が目を伏せてやり過ごすことができなかったのは、社会には子育ての責任を母親に一任したり、時にその非を責めるような風潮があることと、その結果、母親たちが様々な風当たりを受けて追い詰められている傾向のあることでした。こうしたケースが後を絶たないことからは、これは母親個人の課題ではなく、社会の仕組みの課題であると考えるに至りました。
実は私がこの様な問題意識を持つのには、かつてスクールソーシャルワーカーという職種がない頃に、医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーとして他の領域で実践し、感じていたある思いが背景にあります。それは「ケアに携わる女性には、一般的には聴きとられにくい声、ジェンダー規範に伴う生きづらさがあるのではないか」という気づきです。その気づきはその後スクールソーシャルワーカーとなり、子どものケアに奔走する母親たちの声を聴き続ける中で、確信へと変わっていきました。またその傾向は母親に限られたことではなく、女子児童生徒の段階から、他者に自身の人生の選択を委ね、自由な進路選択や自立を諦めたり、気持ちを飲み込むような傾向として内面化されていることを目の当たりにしました。そのような経験から、女性たちが主体的に生きづらい背景を紐解き、そこからエンパワメントに向かう道のりを具体的に可視化したいと思うようになったのです。
現在のところ「不登校の子どものいる母親のエンパワメントの様相~『母親規範』に伴う生きづらさを着眼点として~」の論文の中でM-GTAという研究方法を用い、母親のエンパワメントのプロセスを可視化しています。また「スクールソーシャルワークへのジェンダーセンシティビティ導入への試み~役割分担表を用いたナラティヴ・アプローチの活用を手掛かりに~」の論文ではケース会議のファシリテートにおいてクライエントを含む関係者の様々な囚われや、一方で強みなどをあぶり出し、「役割分担」という馴染み深い言葉を用いてチームの力を効果的に引き出す仕組みを明らかにしています。不登校の子どものいる母親やその支援に関わる方々がジェンダー規範に伴う囚われと距離を置き、「母親は子どもの母親としてだけではなく、人生の主体でもある」と捉え直して、今後の方向性をともに考えていくための一助となることを願い、研究を進めています。

学部での教育活動

教育福祉論、ソーシャルワークの理論と方法2、基礎演習、ソーシャルワーク演習、ソーシャルワーク演習専門1,2、社会福祉入門演習などの授業を担当しています。実践で得てきた「人は変わるのだ」という確信は学生さんの可能性を信じる視点として授業へ反映させたいと意識しています。特に若い学生さんがご自身が抱えている課題や問題意識について仲間や教員に助けられながら向き合い、探究し、自分なりの答えを見つけて成長していく様子には私自身が励まされています。彼らの顔を思い浮かべながら授業準備にいそしむ日々です。

実践的な取り組み

不登校の子どもたちのフリースクール、オルタナティヴスクール、親の会の活動などに関わらせていただき、親御さんたちのバックアップを心がけています。特に母親たちの声をジェンダーセンシティビティ(ジェンダーに敏感な視点)を持って聴かせていただき、学会発表や論文執筆などを通してそのニーズを社会にお伝えする役割を担っていきたいと考えています。またいくつかの自治体のいじめ対策調査会の委員や研修会の講師などをお任せいただいており、子どもをめぐる環境(学校、家族、支援者など)に人権や多様性の尊重などの価値観が浸透していくよう、ソーシャルワークの観点から提言や働きかけをしています。その際、従来は「子どもは黙っていなさい」「お母さんってそんなもの」「お父さんってそんな役割」と一種の決めつけによって話題にさえあがることの少なかったそれぞれの生きづらさを看過しないよう、丁寧なアセスメントを大切にしています。支援チームがその視点を共有することによって、チームの支援観が次第に変容していくさまには、ソーシャルワーカーとしての醍醐味を感じています。

受験生へのメッセージ

ソーシャルワークは社会の課題に向かう実践知であり、アートとさえいわれる側面もある学問です。目を背けたくなるような現実に出会うこともありますが、その中で自分自身の中に潜む矛盾や思い込みを見つめ、煩悶しながら自己覚知を続けていきます。自らの中にもある様々な当事者性を意識することで、ソーシャルワーカーとしてだけではなく、「人間として」クライエントとも響きあい、様々な交互作用を生んでいくのです。彼らの人生の潮目が変わる時期に立ち合い、幸せに向かって歩き出す方向へと伴走ができた時は安堵と喜びで満たされ「人間って素晴らしいな」という感動を味わうこともしばしばです。
その人らしい幸せを探そうとする過程は他でもなく、自分自身の幸せの中身も吟味していく時間となります。社会やコミュニティの課題に対して「他人事」と距離を置くだけではなく、社会的に弱い立場の方々の存在を視野に据えながら同時に自分や身近な人の幸せのありようについても思考を深めていく。そんな学問の仲間に、どうぞ加わってください。
※インタビュー当時の情報です。

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